2026.07.14
せとうち日記 2026年7月8日
- #せとうち
第4章 揺れ動く公教育の境界線-外国人学校は公的に保障されうるか
こんにちは!博士課程前期2年の猪凌太朗です。
先日、5回目のせとうちが行われました。今回のテーマは「外国人学校」。その中でも朝鮮学校です。
グローバルな世の中になり、外国にルーツを持つ子供が増えていることを身近に感じることが多々ありましたが、私はこの本に出会うまで朝鮮学校についてほとんど知りませんでした。そもそも、かつての日本に公立の外国人学校が存在していたという事実にびっくりです。どんなカリキュラムが組まれているんだろう?授業は何語が使われているんだろう?日本人の先生が教えるの?など、私の中で謎に包まれた学校です。せとうちの前半では、朝鮮学校の内部や実態についてみんなで話を深めていきました。
第4章を読み進めていくと、外国人学校の中でも特に朝鮮学校が、戦後の日本とともに揺れ動いてきた歴史を知りました。一条校ではないけれども一条校のように振る舞わなければいけなかったり、日本のカリキュラムに合わせて同質性を出しすぎると、そもそもの存在意義が問われたり…。さまざまな背景を知る中で、朝鮮学校は本当に複雑な位置に立たされてきた学校であるのだと感じました。
上の写真は、私が普段過ごしている院生室からの景色です(8階にあるのでとても眺めがいいです)。下に広がるグラウンドは、私が学部生の頃にアメリカンフットボール部で汗を流した場所でもあり、時々後輩たちが練習している姿を上から眺めています。
実は、この何気ない風景の中にも見えない「境界線」が存在しているんです。
このグラウンド、奥側をアメフト部🏈が、手前側をラクロス部🥍が練習で使っています。地面に目に見える線が引いてあるわけではないのですが、そこにはお互いの活動場所を分ける確かな境界線があるのです。物理的な白線がなくても、そこには確かにお互いを隔てる見えない境界がある。それは、今回学んでいる制度的な境界線や、学校の内部に引かれた境界線とどこか重なって見えてしまうのです。
改めて写真を見てみると、うっすらと境界線が浮かび上がってきませんか…?🧐
今回の内容で本の第Ⅰ部が終了。次回からは第Ⅱ部に入っていきます。この「境界線の学校史」も折り返しを迎えました。あっという間です。ここまで読んできた夜間中学、定通教育、外国人学校の事例を踏まえて、第Ⅱ部からはどのような内容が展開されていくのか、乞うご期待です。